学長メッセージ
世界を感じ取り、翻訳する
京都市立芸術大学は、日本で最も長い歴史を持つ芸術系大学です。1880年、明治の初期に設立されてから146年。美術と音楽、それぞれの分野で、数え切れないほどのアーティストや音楽家、研究者がこの場所から旅立っていきました。長い歴史があるということは、単に年数を重ねてきたというだけでなく、無数の先人たちの探究の痕跡がこの場所に積み重なっているということです。その堆積の中に飛び込むことが、ここで学ぶということの、まず最初の意味です。

では、ここで何を学ぶのでしょうか。技術を学ぶ、と答えるのは正しいけれど、それだけでは足りません。もちろん、絵を描く、ものをつくる、楽器を演奏する、作曲する、といった実技の技術は徹底的に磨きます。しかしそれと同時に、もっと根本的なことを学ぶ場所です。それは「世界を感じ取る力」と「感じ取ったものを他者と共有できる形に翻訳する力」です。
現代の社会、身の回りの日常、出会う人々、見上げる空の色、ニュースで流れる遠い国の出来事。世界にはあふれるほどの美しさと魅力、そして違和感や矛盾があります。それらをただ通り過ぎるのではなく、立ち止まり、感じ取り、自分の中で咀嚼し、他者に伝わる何かへと変換する。その行為が「表現」です。そしてその表現を繰り返しながら、今はまだ誰も気づいていないような「新しい感覚」「新しい価値観」「新しい問い」をもぞもぞと手探りで創り始める。それが「創造」です。この大学は、その「表現」と「創造」を、とことん深めるための場所です。
面白いのは、創造の成果がいつ「当たり前」になるかは、誰にもわからないということです。今この瞬間に伝わるものもあれば、10年後、20年後、あるいは100年後にようやく多くの人の心に届くものもあります。芸術の世界は、そういう長い時間感覚の中にあります。だから焦らなくていい。今すぐ結果を出さなくていい。ここでは、即効性を求める社会のプレッシャーから守られながら、じっくりと自分の探究を深める時間が保証されています。
そしてもう一つ、この大学で得られるものがあります。それは「同じ世界に飛び込んできた仲間」との出会いです。同じように何かを表現したいという衝動を抱え、さまざまな場所からここへやってきた人たちと、毎日顔を突き合わせて、作品を見せ合い、議論し、批評し合い、励まし合う。その関係は、在学中はもちろんのこと、卒業後の長い人生においてこそ、かけがえのない支えになっていきます。教員もまた、現役のアーティストや音楽家、研究者です。教室の中だけでなく、この大学という場所全体が、生きた表現の現場なのです。
加えて、本学が美術と音楽を両軸とする芸術大学であることも、大きな特徴の一つです。絵画や彫刻、デザイン、工芸、映像といった視覚の世界と、演奏や作曲、声楽といった聴覚の世界が、同じキャンパスの中で息づいています。普段の学びの中では別々の道を歩みながらも、ふとした出会いや共同制作を通じて、異なる感覚や思考が交差する瞬間が生まれます。その予期せぬ交差こそが、自分一人では決してたどり着けなかった発見をもたらしてくれることがあります。ジャンルを超えた刺激と対話が日常的に起こる環境は、この大学ならではの豊かさです。
2023年10月、本学は京都市西京区沓掛から京都駅東部エリアへと移転しました。文化都市・京都の玄関口とも言えるこの場所に、新たなキャンパスが生まれました。鴨川の流れ、桜並木、東山の稜線。美しい風景の中に建つキャンパスは、「テラスのような大学」というコンセプトのもと設計された、可塑性と自由度のある空間です。充実した工房、音響の優れたホールや練習室、図書館。しかしこれらの施設はあくまでも道具にすぎません。その空間を、独自の豊かな場所へと育てていくのは、ここで学ぶ皆さんの探究と活動そのものです。
大学での時間は、長い人生のほんの一部です。ここを卒業したとき、皆さんは「未知の海へ飛び込むスタート台」にやっと立つことになります。その先には、目的地の見えない、終わりなき探究の旅が待っています。その旅を生き抜くための体力と技術と仲間を、ここで作ってください。
何かを感じ、表現せずにはいられない。そういう衝動を持つ人を、私たちは待っています。

小山田 徹(こやまだ とおる) 略歴
1961年鹿児島県生まれ。1981年に京都市立芸術大学入学、日本画を学ぶ。在学中に友人たちとパフォーマンスグループdumb typeを立ち上げ、国内外での公演に数多く招かれる。活動の中で、メンバーのHIV感染とエイズ発症を機に、さまざまな社会活動と表現のありかとを試すことになり、1998年頃から、共有空間の獲得をテーマに活動を行う。焚き火場などさまざまな人々が集い、交流する空間や時間を開発し、社会実装を試みている。2010年から本学の彫刻の専任教員となる。2021年10月から美術学部長、2025年4月から現職。

